劇団所属18年、アマヤドリ旗揚げメンバー・中村早香が振り返る劇団の歴史②【アマヤドリ:中村 早香】

お世話になっております。アマヤドリ劇団員の中村早香です。

前回は、ひょっとこ乱舞旗揚げ(2001年4月)から、第5回公演「愛にキて」(2003年7月)までの歴史を振り返ってみました。

今回も引き続き、劇団の歴史を振り返ってみたいと思います。

ひょっとこ乱舞 転機(2) 劇団改革

第14回公演「疾走参本」

第14回公演『疾走参本』(2006年3月)は、生き残りをかけた戦場でした。

この頃はまだ劇団化はしていませんでしたが、常に出演するコアメンバーという人達がいて、ほぼほぼ劇団のような形を取っていました。そして、コアメンバーは必ず本公演に参加出来ていました。

しかし、広田さんはその状態に疑問を抱くようになったのです。

少数精鋭でいった方がいいのではないか?それがプロというものではないのか?という考えが広田さんの中にあったのだと思います。

私たちは、劇団の質というものを考える時期に来ていました。

第14回公演を経て、第15回公演で初めて、本公演に出演できないメンバーが出ました。

実力だけではなく、タイミングや、人数、作品の構想など、いろいろなものが関わっていたとは思います。ですが初めて、出演できないメンバーが出たのです。

その事実を第14回公演の打ち上げ終わりで聞いて、今までの戦友がいなくなってしまう事にものすごくショックを受けました。

この時の決断が正しかったのかは、誰にも分かりません。

実は第15回公演『水』(2006年7月)が終わった後、出演していたコアメンバーが抜けたりして、あれ?少数精鋭メンバーにしたはずなのに、残した人が辞めていくの?という事態になり、広田さんは思い悩むことになります。

少数精鋭で残しても、結局みんな抜けていくのではないか?

広田さんは『ひょっとこ乱舞』を、「みんなで作るバンドのような劇団にしたい!」と言っていたのですが、この頃からその考えを諦め、「劇団はどうせ俺一人でやっているんだ」という、現在の考えに変わっていきました。

第14回公演「疾走参本」②

今思い出すと、この時と同じことが、今の劇団でも行われようとしているのだと思います。

アマヤドリは、劇団巨大化計画に伴いシステムが変わり、1月公演以降は、希望しても公演に出演できない劇団員が出てくることになります。

詳しくは「アマヤドリ、劇団員募集に伴う劇団web説明会!」をご覧ください。http://amayadori.co.jp/archives/10896

私はあの時の事を思い出して怖くなってしまうのですが、ただあの時と違うのは、『今、私たちは劇団化している』ということです。

出演できなかったとしても、私たちは劇団員という大きな枠組みの中に参加し続ける事はできるのです。この違いはかなり大きいと、私は思います。

当時、私たちは劇団員ではありませんでした。劇団と役者はいつ決別してもおかしくない、それこそ恋人同士のような関係でした。

もちろん、そんなの劇団化していても状況としては同じです。いつ決別してもおかしくない。何も変わらない。

でもね……やっぱり、劇団員という仲間がいるっていうのは、大きいと思うんです。私たちは、みんな敵だった。大好きだけど敵でした。

誰にも相談なんか出来なかったし、弱音も吐けなかった。役者は劇団に入っていようがいまいが、自立した一人のアーティストであるべきです。

でもその為には、相談できる仲間は大切だと思います。

次は出演できないという結果になったとしても、ちゃんとフォローして、励まして、正しく事実や実力を認識させて、前向きに次に取り組むべき道を示してくれる仲間がいる。

その環境こそが劇団の強みなのではないかと思います。

ひょっとこ乱舞 転機(3) 解散の危機

第22回公演「モンキー・チョップ・ブルックナー!!」

第22回公演『モンキー・チョップ・ブルックナー!!』(2009年12月)で、私たちは劇団解散の危機を迎えました。

第19回公演『愛にキて(再演)』(2008年2月)で劇団化をしてから、約1年後の事でした。

今思い返すと、何がどうなってそういう流れになったのか、正直覚えていません。単に、ちょっとずつ積み重なってしまった悪いものが溢れてしまっただけなのかもしれません。

ただただ、とにかく、ひたすら空気が悪かった。この頃の広田さんは最高潮に「劇団は俺一人だけ」という鬱状態になっていましたし、私は私でいろいろあって、人生最高潮にダークな状態でした。

楽日の公演が終わった後、広田さんに「劇団事務所の掃除をしに行きたいのですが、いつがいいですか?」と聞いたら「掃除なんていいよ、これからも劇団が続くか分からないし」と言われ、何も言えなくなってしまった事を覚えています。

第22回公演「モンキー・チョップ・ブルックナー!!」②

まあ、結果としてこの後も劇団は続いていく訳ですが。実はこの後、この第22回公演を最後に、第1回公演からずっと制作をしていた柏戸が退団することになりまして。

気持ちの問題では無く、システムとして、劇団解散の事態に追い込まれてしまうのです。

私たちは彼女に制作のすべてを任せっきりにしていましたから、彼女が急に辞めるとなって、しかももう一人同じタイミングで主要メンバーだった劇団員が退団する事になって、劇団内は若干パニックになって……一旦落ち着こうぜ、と。

それで、逆に解散なんて事にはならなかったのではないかなぁと、思います。

この時の柏戸の退団により、劇団旗揚げからいるメンバーは、いよいよ私と広田さんだけになりました。

ひょっとこ乱舞 大爆破

第23回公演「水」

第25回公演『うれしい悲鳴』(2012年3月)が、ひょっとこ乱舞最後の公演になります。

第23回公演『水』/『ブリキの町で彼女は海を見つけられたか』(2010年6月)で、メンバーがガラリと変わりました。この公演を経て、渡邉圭介、田中美甫、糸山和則という、今後の劇団を担っていく主要メンバーが劇団員になりました。

メンバーが変わってしばらくすると、なんだか劇団の空気が変わっている事に気付きました。

昔の、「全員敵と思え!」という殺伐とした空気は一切なくなって、なんというか……みんな、仲良く楽しそうなのです。

別にそれまで劇団員同士の仲が悪かった訳ではないけれど、基本『全員ライバル』だったのが、『ライバルで有り仲間』という、新しい関係を結び出しているように感じました。

第23回公演「ブリキの町で彼女は海を見つけられたか」

ある日、広田さんより劇団改名の提案がなされました。その頃週1で行っていた早朝会議での事でした。

私は『ひょっとこ乱舞』という名前に思い入れがありましたし、結構反対した気もするのですが、旗揚げメンバーが私だけになってしまった今、他に誰も『ひょっとこ乱舞』とう名前に固執する人はいなかったし、「メンバーもやっていることも違うのだから名前を変えたい」という広田さんの気持ちも分かりましたし、そもそも、広田さんが改名したいと強く思うのだったら、もう、私には止める事なんて出来ない。

ああ、やるしかないんだな、と。ああ、時代が変わるのだなあ、と。思ったのでした。

第25回公演「嬉しい悲鳴」

そしてまたもや早朝会議にて、たくさんのヘンテコな名前の候補たちが溢れる中「これだ!」と言って選び出されたのが『アマヤドリ』です。

アマヤドリとしての今

2012年4月から、私たちは『アマヤドリ』になりました。

『ひょっとこ乱舞』にどっぷり浸かっていた私は、しばらくの間、なんだか一人置いてけぼりにされてしまったような、馴染めないような、なんとも複雑な気持ちでおりました。いつまで『アマヤドリ』の後に(ひょっとこ乱舞改め)を入れ続けるのか?なんて話も沢山しました。

アマヤドリ「月の剥がれる」

あれから約7年。さすがに私も『アマヤドリ』という名前に慣れました。

『ひょっとこ乱舞』から『アマヤドリ』への改名は、私にとっては世代交代のような感じで、名前が変わっただけではなく、確実に、1つの時代は終わりました

職人しかいない小さな工房から、進化して、社会的な流通システムを取り入れた大きな会社になったというか……そんな感じ。

とてもいい変化だと思います。今のメンバー達が取り入れ実践してくれた、さまざまな新しい試みのおかげです。

昔の私たちだけでは、今の『アマヤドリ』はここまで大きくなっていなかったと思います。本当にみんなありがとう。

劇団写真

ここまで色々書いて来ましたが、私が18年間劇団にいて思う事は、「今まで続けて良かったなぁ」という事です。

たくさんの人が辞めて行くたびに、私も辞めようかな、なんて悩んだりしたけど、思いとどまって良かった。恐らく早いうちに劇団を辞めていたら、私は今、芝居をやっていないと思います。

昔の切磋琢磨できた戦友がいたから、絶対に負けるものかと、必死にやれました。

もう役者を辞めようかなぁ、という時、でもこの劇団の公演に後1回だけ出たい、あともう1回だけ、その繰り返しで、気づいたら経験値が増えていました。

劇団が演技についてどんどん考察していくから、自然と私も勉強するようになりましたし、共通言語も増えました。

さまざまな人が劇団に入ってきて、出て行って、そのつど人間関係について学びました。
みんな、劇団のおかげです。

これはこれから演劇を始めようとする皆様に伝えたいのですけど、演劇を始める時なんて、右も左も分からないじゃないですか。

そして演技って、ダンスやスポーツと比べて、誰でもすぐに出来そうじゃないですか。

でも、そんな事は絶対にない。そして、そんな事は絶対にないって気づくのも、一人だと難しかったりするんです。誰も教えてくれないですから。

劇団の中にいれば、聞く事も、周りを見て気づく事も、教えて貰う事も出来るし、そのうち共通言語で話せるようになって、経験値を高めていく事も出来る。これってすごく貴重だと思います。

もちろん、一人で学んで成長出来る人もたくさんいると思いますし、やっぱり集団って大変ですから、全員にオススメするわけではありませんが!

という事で、私はもう少し『アマヤドリ』として活動していきたいと思います。まだまだ進化し続けるアマヤドリの生き字引として、見続けられるところまで、行けるところまで行ってみようと思います。

どうぞ皆様、これからも『アマヤドリ』をどうぞよろしくお願い致します。

1月のあうるすぽっと公演、ぜひ見に来てくださいね!

中村 早香

1981年生まれ。埼玉県蕨市出身。2001年ひょっとこ乱舞旗揚げより参加。以後劇団員として活動。主な出演作はSCOT『世界の果てからこんにちは』『シンデレラ』、インターナショナルSCOT『青い鳥』、身体の景色『光る道』、など。所属事務所はinfini。

Twitter @chayanaka

アマヤドリ

2001年に「ひょっとこ乱舞」として結成。2012年に「アマヤドリ」へと改称。広田淳一によるオリジナル戯曲を中心に、現代口語から散文詩まで扱う「変幻自在の劇言語」と、クラッピングや群舞など音楽・ダンス的な要素も節操なく取り入れた「自由自在の身体性」を両輪として活動。リズムとスピード、論理と情熱、悪意とアイロニー、とか、そういったものを縦横に駆使して、「秩序立てられたカオス」としての舞台表現を追求している。

【次回公演】

アマヤドリ2019本公演『天国への登り方』
■日程:2019年1月24日〜27日
■場所:あうるすぽっと

『天国への登り方』公演詳細ページ
http://amayadori.co.jp/archives/12037

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2017.02.14