劇団reset-Nの達成と挫折、そして再起動の理由

どうも、初めまして。reset-N主宰・作演出の夏井孝裕といいます。よろしくお願いします。

2010年に劇団休止をしましたが、紆余曲折ありながらも2016年7月に再起動公演をし、演劇の世界に戻ってくることが出来ました。2月から始まる第27回下北沢演劇祭参加も決まり、29本目となる公演、6年ぶりの新作“Beauty”がまもなく幕を開きます。

私がどのように演劇活動を開始し、解散、そして再結成に至ったのかというお話をさせて頂こうと思っています。1人の演劇人が演劇をはじめ、挫折し、再び演劇の世界に返ってくるまでの話が皆さんのお役に立つかどうかはわかりませんが、何かの参考になれば幸いです。

劇団結成→プロデュースユニット→劇団結成

劇団reset立ち上げ(1992-1993)

旗揚げ以前には、僕は学生劇団を主宰していました。劇団reset.です。

結成時の目標は「2年目で動員1,500人を達成して外の劇場に出よう」ということでした。2年目の第3回、第4回公演の動員は700人台で大きく届かず、僕たちは解散しました。

プロデュースユニットreset-N立ち上げ(1995-2000)

そこから2年間、演出助手をしたり、当時まだ珍しかったワークショップを地道に続けたりして、1995年にreset-Nを起動しました。

このときはプロデュースユニットという形態をとりました。アマヤドリ広田淳一さんが劇団化のメリットを下記の記事で詳しく書かれていますが、プロデュース形式のメリットは劇団の逆です。(なぜ劇団にこだわるのか?~創作における劇団の利点と可能性~」アマヤドリ主宰:広田淳一

その公演一回きりの純粋なキャスティングをすることができて、お互いの将来に責任を持たないでいい。無理に新人のための役をつくったりしなくていい。そして、演出家としては「次はない」という緊張感の中で創作に集中することができます。

俳優の知名度や人気に頼らずやっていこうと思えることも利点かもしれません。毎回毎回、僕はゼロ地点からreset-Nのコンセプトを説明し、参加者から「また次、誘ってください」と思ってもらえるようにベストを尽くしていました。

中期的な目標地点の設定

reset-Nを起動したときの目標設定は、「3年間で何の手応えがもなかったら解散しよう」ということと、「3年間でチケットノルマを無くそう」ということでした。チケットノルマの問題点については機会があればまた。

ともかく、劇団reset.のときと同様に、数年後の具体的なゴールを設定したわけです。「何か手応えがあれば」が具体的といえるかはさておき、とにかく僕たちは97年のガーディアン・ガーデン演劇フェスティバルに出場し、『演劇ぶっく』にも掲載されました。ようやく客席の半分以上が知り合いでない状態になり、チケットノルマに頼らない芝居作りができるようになってきました。

reser-Nの劇団化について

そしてreset-Nは劇団になりました。決意したのは2000年の夏のことです。

利賀サマー・アーツ・プログラムに招待参加したときに、「ここから先は固定メンバーと継続作業をしていかないと先に行けない」とわかったのです。

プロデュース公演で「出演してください」とお願いしている人に要求できることとできないこととがある、という問題もありました。

新進芸術家海外研修制度とフランスの演劇事情

ちょっと話がそれますが、僕は文化庁の新進芸術家海外研修制度でフランスに滞在していたこともあります。

滞在していたフランスでは劇団をつくる必要があまりありません。劇場が公演を企画、制作し、その都度俳優と出演契約をするので、演出家個人が劇場に企画を持ち込めば(あるいは依頼されれば)質の高い公演が打てるのです。

にも関わらず、ピーター・ブルック、フィリップ・ジャンティ、アリアンヌ・ムヌーシュキンといった人々はカンパニーの設立に踏み切ります。それは、集団の蓄積によってしか実現できない質の作品を作るためでしょう。

reset-N (2001-2010)

今思えば、僕たちはまた中期的な目標を掲げるべきだったのでしょう。

3年間以内にこれが達成できなければ解散する、といったような。しかし、劇団を結成するときに「解散」という言葉が出てくることはおかしい、と思っていたような気がします。(ところで主宰が売れて忙しくなったから活動休止とか解散とかっていう劇団っていったい何でしょうか?)

それにしても「チケットノルマ廃止」の次の具体的なゴールを設定しなかったことを僕は後悔しています。今度こそ解散なんかしないぞ、という決意とそれとは別のはなしでした。

reset-Nは、いい劇団だったと思います。ザ・スズナリ、シアタートラム、こまばアゴラ劇場の三つを主な公演会場として、幾つかの賞を頂き、演劇祭などにも参加し、名古屋、京都、利賀などで公演の機会を持ちました。助成金も獲得できるようになり、何といっても充実した俳優陣がメンバーとなっていました。

挫折(2010)

2010年、僕たちは年間3本の新作を予定していました。

会場はザ・スズナリ、アサヒ・アートスクエア、ザ・スズナリです。ちょっと無理をしてでも動員を上げなくては、という焦りがあったのでした。当時の我々の観客動員は700から800人前後でしたでしょうか。

このくらいだとノルマはなくてもどうにかなるが少数のスタッフにしかギャラが出ない、という会計状況になります。

あまり口に出さないでいましたが、「今年浮上できなかったら終わり」という危機感がありました。『青』、『視野』という二つの作品はそれぞれ大きな誇りを持てる出来になりましたが、僕個人は致命的に大きな疲労と絶望を抱えていました。

それは、「こんなに充実した演劇活動をしているのに、それが個人の幸福と結びつかない」という問題でした。

「冬のスズナリは再演にしたほうがいいんじゃないですか」、という提案が劇団のミーティングでなされ、僕はそれを了承しました。

ほかの選択肢はない状況だったと思います。ただ、「新作三本で浮上する」という方針自体を撤回したショックは大きく、僕は廃人のようになってしまいました。2011年の1月、reset-Nは団体としての活動を停止しました。

再起動まで(2011-現在)

僕は疲れきっていました。「バーンアウト症候群」について調べてみても「十分な休息、睡眠をとりなさい」ということしか結局は書いていないのです。

いつまで休めば十分なのか。もうダメなのかと呆然としているところにOi-SCALEの林灰二さんから短編戯曲の執筆依頼がありました。林さんとはそれまであまりお話したことがなかったのですが、reset-Nには強い影響を受けてきたのだそうです。

そこで”Perspective”を書きました。意味のあるものが書けた、という手応えがありました。僕にはまだまだ新作を書くチカラがあるらしいと気付きます。

そして2012年の韓国戯曲リーディングの演出をきっかけに小松杏里さんからお誘いがあり、声優の学校で講師をすることになりました。劇作家として、演出家として、僕にはまだまだお呼びがかかるのだとわかりました。とてもありがたいことでした。

再結成に向けた動き

2012年には三好十郎の『胎内』で利賀演劇人コンクールに参加しました。もとの劇団員に声をかけるのは演出家としてちゃんとやれることを証明してからだという思いから、全く別な三人と作品をつくりました。

目標としていた最優秀賞には届かず、優秀演出家賞次席という結果となりましたが、「やっていていいのだ」と感じることはできました。箸にも棒にもかからなかったらきれいさっぱり足を洗う、という覚悟は自然としていました。

強力な協力者の出現

ラッキーはその後も続きました。「制作をやります」という人が現れてくれたおかげで『胎内』の東京公演が再起動準備公演として実現でき、2016年に謎の人・mtakedaさんがその役目を引き継いでくれたおかげで本格的な再起動公演が実現しました。

mtakedaさんはいきなり、「関係者全員にギャラを出します」ということを宣言し、出演者にも僕にもギャラが出ました。素晴らしいことでした。創作の喜びを削り取っていく、「一円にもならねえ」の魔物からようやく離れることができたのです。あ、劇場に足を運んでくださるお客さまのおかげであることはもちろんですけれども。

そして、再起動にあたっては、「また5年くらいかけてザ・スズナリに帰ってこよう」と考えていたのが「再起動されるそうですが、下北沢演劇祭に参加しませんか」というまさかのオファーで実現してしまいました。

まとめ

なんというラッキーなやつだ、と思われるのは自然なことかもしれません。が、その幸運がなぜ続いたかには理由があると思っています。

それは僕自身に人望やカリスマ性があったからではなく、世界で唯一無二のものをともかく創り出そうとしていたからだと思います。だから、「やめるのもったいないよ」と思ってもらえたのでしょう。いまだに新作を待ち望んでくれるかたがいらっしゃるのもそういうことだと思います。

演劇を続けていこうか、やめてしまおうか、と立ち止まって足もとを見つめる瞬間は、多くのひとに訪れることでしょう。そこで、「もったいないよ!」といってもらえるかどうかは一つの大きな判断基準でしょうね。僕の場合は多くの人がそういってくれた。失った劇団は帰りませんけれども、僕は同じ旗を掲げて劇場に戻っていきます。

次回予告

というところで、次回はいよいよ新作公演”Beauty”の直前となりますけれども、どういうことを心がけて作品を創っているかのお話をしたいと思います。「独自の世界を作ることは創作者の義務である」ということになろうかと思います。

機会がありましたら、「どのような劇場を目指すべきか」、「演出とはなにか」、「フランスはどうだったか」、「チケットノルマ、チケットバックの危険性」などのお話もできるといいですね。では、また。

夏井孝裕(なついたかひろ)

1972.1.21 長崎五島生まれ上智大学文学部哲学科中退。大学内の演劇サークルで活動した後に劇団reset.を旗揚げ、全ての公演で演出を担当する。reset.解散後は白石加代子作品、ク・ナウカなどで演出助手を担当。
1995 年、reset-N を起動。以後全ての作品で作・演出を務める。1999 年、”knob”で第四回劇作家協会新人戯曲賞を受賞。DJ massigla としても活躍中。

Twitter:@futodoki
Facebook:https://www.facebook.com/NATSUI.Takahiro?fref=ts

公演情報

※公演終了
第27回下北沢演劇祭参加「BEAUTY」-あなたは、そこで、みていて
日時:2017年2月1日(水)〜6日(月)
会場:ザ・スズナリ
出演:佐藤拓之 吉田智則 高木珠里(劇団宝船) 今井由希 一言麻衣子 上田佑太朗
詳細:http://www.reset-n.org

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