劇団の制作を14年してきた私が、20歳の頃の私に伝えたいこと_1

飲んでますか?こんにちは。琴子と申します。劇団東京ヴォードヴィルショーという佐藤B作さんが主宰の劇団で制作部に14年在籍しておりました。結婚を機に退職し、現在は演劇でない仕事をしている41歳の飲んべえです。

劇団の制作をしてきた私から「しばいのまち」の住民の皆さんにお伝えしたいこと…いや、お伝えしたいなんておこがましいや。聞いていただきたいことがたくさんあります。

今41歳の私が、20歳の私に言ってやりたいことが山ほどあるのですが、例えばそんなこととか、退職して演劇の仕事から離れた今だから言えること、思うことをつらつらと綴ってみようと思います。

しばいとはなんぞや

いま「しばいのまち」をご覧になっている皆様は、キーワード「しばい」になんらかの関係がある方のような気がしています。

「しばい」を現在やっている、以前やっていた、これからやってみようかな、やめようと思っている、そもそも「しばい」って何ですか?など。

「しばい」って何なのか。これには正解がありません。100人いたら100通りの答えがあると思います。私の回答は「まだわかりません。でも、良いもの」です。

演劇辞めたんだからとっとと回答出しちまえよと思ったりもするのですが、私が知らない「しばい」が世の中にはまだまだあるし、それ観たいし、劇団辞めても「しばい」にまだ関わることがあるかもしれないし(こうしてコラム書くことになったこともそうです。まさに。ビックリ)、だからまだ答えはわかりません。

いま言えることは、過去も楽しめて、現在も楽しんでいて、未来も楽しみにしている「しばい」との出会いに感謝というところでしょうか。

私が制作になった経緯

私が劇団東京ヴォードヴィルショーの制作部として関わることになったのは、行けなくなったから代わりに行く?と親友からチケットを貰ったことから始まります。

それまで、劇団東京ヴォードヴィルショーを知りませんでしたし、佐藤B作さんや山口良一さんがテレビだけでなく劇団に所属している人だなんて初めて知りました。(ええ、初めてのヴォードヴィルの舞台をお金払って観ていません。すみません)

始まりは役者の養成所から

その時折込に入っていたのが募集のチラシ。制作部募集…ではなく、養成所の募集です。

そうなんですよー、私、以前は役者志望だったのです。きゃー恥ずかしい。

二年間養成所に通い、卒業公演を終え、審査結果の通知は…不合格でした。そりゃ、そうですな。授業態度もよくなかったし、何よりプロ意識に欠けていたし、私ならあの時の私を確実に落とします。

その不合格通知と一緒に入っていたのは、「制作部としてやってみませんか?」というお手紙でした。

何をするか知らないまま制作に

不合格だったら就職活動しようと思っていましたので、まさかこのようなお誘いを受けるとは夢にも思いませんでした。しかし…制作の仕事って何やるんだろう?というのが正直に思ったこと。

チラシに書いてあるスタッフクレジットで照明、音響、衣裳などはわかるけど「制作」って何する人か全くわかりませんでした。当時はこんなにインターネットが普及していませんでしたし。(ポケベルってご存知ですか?)

でもまぁ、何する人かわからないけれど、好きな芝居に関する何かの仕事だろうから、まずは3ヵ月がんばってみよう、1年がんばってみよう、3年がんばってみよう、で結局14年もお世話になってしまいました。

制作をして本当に良かった!

劇団を辞めたいまだからハッキリと言えます。「私を不合格にしてくれてありがとうございます」と。

その時は、私を不合格にしておいて、スタッフで採用とはどういう了見だ、てやんでい!と悔しい思いもしましたが、この劇団で制作者として働いた14年間は私がこれから生きていく中で大切な財産となりました。

もちろん楽しいことばかりでありません。辛くて、あれもこれも人のせいにしたいし、泣きたくなるし、ごはん早食いになるし、夜は飲み過ぎるで(それは自分のせいだろ)、なんでこんな辛い思いまでして仕事してるんだろうと思うことが大半でした。

でも、それでも。それ以上に愛おしく思えることの方が根強く残っていることは確かなのです。

「劇団」だからこそ愛おしく思えた

愛おしく思えたのは、それは「劇団」だったからかもしれません。劇団にも様々な形があるし、劇団ではなくてその作品限りの座組で上演する形もあります。

劇団東京ヴォードヴィルショーは、座付き作家や演出家はおらずスタッフは制作だけがいて、劇団員はすべて役者という役者集団です。座長の佐藤B作さんが「この人とこういう作品を作りたい!」と思う方にお願いして作品を創作するという形でした。

東京での公演だけでなく、全国各地での公演、劇団内劇団の公演、劇団員のプロデュース公演など、年に数本の作品を上演。それを毎年繰り返す。もちろん「昨年より何かひとつでもプラスにした形で」を目標に。

思えば、全くの赤の他人同士が、ギャラ(給料)をはじめとしてお金のことをがっつり話したり、全国各地へ旅してまわり一緒のホテルで寝泊まりし(部屋は別だけど)を何年も繰り返していくわけです。

夫婦でも家族でもないのに。そう考えるとすごい人間関係ですよ、劇団。

もうね裸みられても恥ずかしくないですよ。というのは嘘ですが、ただ私は男性の俳優さんのパンツ一丁姿でも全然動じなくなりました。

お付き合いしていた彼がパンツ一丁になっても私が何も反応しなくてあらぬ疑いをかけられ、これからは嘘でも「きゃ♪」とか言おうと心に誓ったものです。あれ、何の話をしてたんだっけ。

贅沢で濃密な時間を過ごすことが出来た

とにかく、劇団の座付き制作だったこの時、私にとってはもうひとつ家族があるようなもので、真剣に怒ったり、泣かされたり、死ぬほど喜んだりしながら、劇団員と作品と共に歳を重ねていったのでした。

劇団を離れた今は、昔付き合っていた人を「散々泣かされたけど、でもあの人と出会えてよかったわ」なんて言いながらキュッと日本酒を飲むような、そんな存在です。

劇団に関わることを選んで、本当によかった。プロの仕事をしている様々な方と出会い、仕事を学べた私は最高に得していたことに気付いたのです。

次回は、まるでプロ意識のなかった私が劇団で学んだ「仕事をするということ」についてお話できればと思います。

琴子

1975年生まれ。埼玉県出身。桐朋学園芸術短期大学演劇専攻卒。短大同期の凄さに圧倒され、演劇を半ば諦め派遣会社で働くも、ひょんなことから劇団東京ヴォードヴィルショーに入社し制作部に14年間所属。結婚を機に退団。お酒が大好き。


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