「劇団を始めること。劇団とはなにか?」アマヤドリ主宰:広田淳一〜アマヤドリ15周年公演「銀髪」特別企画〜

どうもこんにちは、広田淳一です。東京でアマヤドリという劇団を十五年ばかり主宰してきたものです。劇作家・演出家・劇団主宰として小劇場の片隅であれこれ活動してまいりました。

これから何回かに分けて僕が十五年間アマヤドリをやってみて分かったこと思ったこと、そしてこれからの十五年間、どうやったら劇団を続けていくことができるのか?なんてことについて書いていきたいと思います。

そう、十五年もやってきたのに僕はまだまだ演劇を、しかも、劇団という形式で続けていこうと考えているのです。

何回かに渡って割りとじっくりと書いていきますので、読んでくださる方々もこう、ね、どっしりと構えて一緒に考えながら読んでいただけましたら幸いです。

連載を通じて僕が書きたいことは、大枠で言えば下記の3点です。

【1】なぜ劇団にこだわるのか? ~創作における劇団の利点と可能性~
【2】劇団を続けるために必要なこととは?
【3】劇団の限界。 ~どこで劇団は「死ぬ」のか~

連載第一回目はイントロダクションとして、

【0】劇団を始めること。劇団とはなにか?

について書いていきたいと思います。

どうして劇団を作ったのか?


〈ひょっとこ乱舞_プラスチックレモン(2008)〉

私的な話になって恐縮だが、まずはとても主観的なところから書き始めてみたい。どうして僕はまた劇団なんかをやることになったんだろう?気がついたら、こんなことになっていた。

僕は大学在学中に演劇サークルに入り、そこに携わっている人間を母体として数年後に劇団を立ち上げた。

二十二、三歳の頃だったんじゃないだろうか。劇作家、そして演出家になりたかった僕は、もちろん当時も完全なる無名で、なんの実績も技術も人脈もなかった。大学に入学した当初の僕は演劇について完全な素人で、ほとんど衝動だけで作・演出家を名乗るようになっていたにすぎなかったのだ。

強いて言えばもともと小説なんかを書いてみたいと思っていた文学青年でもあったわけだが、十九歳の僕は、まさに何もない状態から演劇をはじめた。演劇にはそんなことを許してくれるような間口の広さがある。すばらしい演奏ができなくても、トリプルアクセルを決めることができなくても、演劇ははじめられる。僕は、たちまち演劇の虜になってしまった。

なんといっても実際に目の前に俳優がいて、自分の書いた戯曲を口の端に乗せてくれ、すぐさまそれが舞台作品になってお客様にダイレクトに届くなんてことは、なんともダイナミックなことだったからだ。

そこには感動があったし、集団を仕切るのは運動部時代の経験もあってちっとも苦では無かった。そんなこんなで在学中の2001年、僕は劇団を旗揚げした。

「ひょっとこ乱舞」というなんとも珍妙な名前だった。「ひょっとこ海峡」とどちらにしようか当時の劇団員に相談していたぐらいだから、今となっては当時の自分が何を考えていたのやらわからない。

とにかく、創作をしたい、何かを表現したいという衝動だけは強く持っていた。劇団を始めるためには、究極的にはそれさえあればいいんじゃないかと、今でも思う。

そもそも、劇団とは何か?


〈アマヤドリ_集合写真(2016)〉

本論に入る前に少しだけ前置きをしておこう。劇団とは、いったいなんだろうか? もちろん劇団とは演劇創作をするための集団なわけだが、演劇創作を行う集団がすべて「劇団」というわけではない。

企画公演・プロデュース公演などは、一時的に集団を構成するが劇団ではない。劇団とは、複数の公演に渡って同一のメンバーが継続的に創作を行う場所だ、といってよいだろう。

世の中にはいろいろな劇団がある。文学座・俳優座・青年座などといったいわゆる新劇の劇団は複数の俳優/スタッフに加え、複数の演出家を抱えていることが大きな特徴だ。

劇団四季や宝塚歌劇団も複数の演出家を擁しており、構成員が百人規模をはるかに超える巨大な組織だ。

それに対して、アマヤドリのようないわゆる小劇場で活動する劇団は、特定の演出家(作家を兼ねる場合も多い)を中心に、比較的少人数のメンバーで構成されている。芸術的中心となる人物が単独である、というのが小劇場劇団の大きな特徴だ。

平田オリザ氏率いる「青年団」は所属俳優の数も多くかなり大きな劇団といってよいが、あくまで芸術的中心はオリザさん一人だ。その意味では小劇場劇団であると言ってよい。実は「青年団」は「青年団リンク」などという形式をとって複数の「芸術的中心」を新たに産み出していったというかなり独特な集団なので、また別に詳述する必要があるようにも思うが、今はそのことは置いておこう。

アマヤドリは現在、スタッフ/俳優などを含めて総勢二十名ぐらいの集団だが、これは近年の劇団としてはかなり人数の多い方であるらしく、劇場の方や雑誌社の方と話していても「そんなにいるんですか!」と驚かれることが多い。

逆に言えば、それ以下の相当少ない人数で構成されている劇団が数多く存在しているということだ。現在では、小劇場を中心として活動する団体といえどもプロデュース公演形式を採用する劇団も多く、公演ごとにメンバーを集めることも珍しくない。

そういった集団の多くは、十名以下、場合によっては五名以下ぐらいのかなり少ないコア・メンバーを劇団員として擁しており、公演の際には客演を呼んで創作を行う。広い意味ではアマヤドリもその「少数のコア・メンバー」+客演という形式で公演を行う集団だ。

さて。僕が以下に述べる「劇団」というのは特に断りがない限り、上記の小劇場劇団についての話だと思ってもらっていい。

なんのために劇団を続けているのか?


〈アマヤドリ_すばらしい日だ金がいる(2015)〉

僕にとって劇団を維持・発展させることは目的ではない。それを目的にしてしまいたいと思う時もあるし、知らず知らずそんな風に勘違いしてしまっていることもあったのだけれど、劇団の存続は目的ではない。

ここは自分でも間違えないようにしたいといつも思っていることだが、僕が、僕たちが目的としているのはあくまでも創作だ。

それも、なんとなく作品ができました、という程度の創作じゃない。最高の作品を生み出すための創作。そのための環境を考えたとき、僕の場合、現時点では劇団という形式が最高だと感じている。だから僕は劇団という形式にこだわり続けているわけだ。

と、今回はこんなところで。
次回からはいよいよ、劇団で創作することの利点について書いていく。

広田淳一(ひろた・じゅんいち)


1978年生まれ、東京都出身。2001年、東京大学在学中に「アマヤドリ」の前身である「ひょっとこ乱舞」を旗揚げ。全作品で脚本・演出を担当し、しばしば出演。
Twitter @binirock

アマヤドリ

2001年に「ひょっとこ乱舞」として結成。2012年に「アマヤドリ」へと改称。広田淳一によるオリジナル戯曲を中心に、現代口語から散文詩まで扱う「変幻自在の劇言語」と、クラッピングや群舞など音楽・ダンス的な要素も節操なく取り入れた「自由自在の身体性」を両輪として活動。リズムとスピード、論理と情熱、悪意とアイロニー、とか、そういったものを縦横に駆使して、「秩序立てられたカオス」としての舞台表現を追求している。

【次回公演】

※公演終了
アマヤドリ本公演『銀髪』
■日程:2017年1月26日(木)〜31日(火)
■場所:本多劇場(下北沢)

「銀髪」公演詳細ページ
→  http://amayadori.co.jp/archives/8910

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