スタッフ対談シリーズ 音響編「演劇界の音響の今とこれから(前編)」Sugar Sound 佐藤こうじ× 天野高志

画面の向こうの皆さん、お疲れ様です。編集長の加藤エンです。

突然ですがみなさん、しばいのまちのコンセプトはご存知ですか?一番上です。サイトの一番上にこっそり書いてありますよ…

見つかりました?

そうです。【「芝居に携わる人」の今日と明日をちょっと幸せに】

これまでしばいのまちでは様々な方に取材をしてきましたが、この度、ついに!実現です!!

スタッフ対談企画!記念すべき第1回目は今まさに音響として最前線で活躍されている、天野高志さん佐藤こうじさんです!

そして今回のインタビュアーはうなぎ計画の笹浦暢大さんです!

普段からも仲の良い3人による、普通の演劇メディアではありえないニッチ過ぎる対談をどうぞお楽しみください!!

天野高志

東京工学院専門学校卒業後、有限会社AXLに所属。プロの音効としての道をスタートさせる。社内ではおはスタ等のテレビ番組の音効を担当。退社後、舞台音響チーム【OFFICE my on】に所属の後、フリーランスとして活動。

小劇場では、空想組曲(作・演出 ほさかよう)劇団InnocentSphere(作・演出 西森英行)劇団俳優座「とりつくしま」(原作 東直子)等、各団体の音響を担当し、近年では、る・ひまわり作品全般、「舞台弱虫ペダル」(脚本演出 西田シャトナー)、「死刑執行中脱獄進行中」(原作 荒木飛呂彦/主演 森山未來)等、小劇場から2.5次元舞台まで幅広い現場に携わる。

佐藤こうじ

高校卒業後、自主制作の音楽、音声などを経て有限会社現在位置に入社。ローカル番組や映画の音全般を担当。

2001年〜舞台音響に携わり中村嘉宏氏に師事。2006年にSugar Soundを設立。トラッシュマスターズ、庭劇団ペニノ、FUKAIPRODUCE羽衣などを担当し、土田英生作品、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、小野寺修二作品などにも携わる。

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笹浦暢大

演出家、プロデューサー、舞台監督。「もじゃもじゃ頭とへらへら眼鏡」と「うなぎ計画」の2つの団体の代表を務める。神奈川県を中心に広いジャンルで演劇作品を演出。舞台監督としては演劇、ダンス、お笑いなど第一線で活動している。また、劇場の基本設計やリフォームアドバイスなども行い、多くの劇場、スタジオのプランニングにも関わっている。日本演出者協会会員 日本劇作家協会会員 神奈川県演劇連盟常任理事。

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音響のはじまり

別にやりたくて始めたわけじゃなかった

笹浦暢大
今回はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。

まあ、堅苦しい挨拶はそこそこにしておいて、最初はなんで二人が音響の仕事を始めたかを教えてください。

じゃあ、まずはシュガー(佐藤さん)からお願い。

佐藤こうじ
僕は元々映画音楽がやりたくて、高校を卒業してすぐ専門学校に通ったのですが、色々あって3ヶ月で辞めてしまいました。

それでロリータ男爵という劇団の音響が急遽足りないということで、知り合い経由で「音楽好きだったから出来るでしょ」みたいな感じで入ったのが2001年で、駅前劇場でした。

だからデビューは駅前劇場なんですよね。

笹浦暢大
すごいね(笑)
天野高志
名プランナーだね(笑)
佐藤こうじ
その時のプランは今でも覚えてるけど、ひどいもんだったよ。後ろにスピーカー吊るとか意味わかんないことしてたもん(笑)

本当に助っ人みたいな感じだったんだよね。

笹浦暢大
じゃあ別にやりたくて始めたわけじゃないの?
佐藤こうじ
そう。ロリ男ってミュージカルだったから、作曲できるんじゃないかと思って始めたみたいな。

そこに関わってたら歌の仕事来るんじゃないかと思ってたんだよね(笑)

そしたらたまたま作曲の人が辞めて、今の師匠の中村さんが音響に入ったから、オレが作曲に入るっていう一番良いパターンだったね。

天野高志
あっ、じゃあロリ男では作曲より音響が先なんだ。
佐藤こうじ
そうなの。

始めたばかりの時は、年1本くらいしか公演がなかったんだけど、繋がりだけで他の団体からも少しずつオファーがきたりして増えていったんだよね。

天野高志
元々は作曲家だもんね。初めて会った時も作曲家としてだったしね。
佐藤こうじ
始まりは本当になんとなく「やれるんじゃないか」って感じだったね。
笹浦暢大
その頃はバイトとかしてたの?
佐藤こうじ
専門学校やめたころに、フリーの監督と制作と会社を立ち上げて、映画録ったりCM作ったりしてて、僕は音全般みたいな形で。

それから会社の経営が難しくなってフリーになったんだけど、バイトというバイトはしてなくて、高校の吹奏楽部に教えに行ったりとか、色々してたかな。

ちょっとお小遣いを稼ぎながらって感じだよね。

笹浦暢大
そうだったんだ。それにしても駅前デビューってやっぱりすごいよね(笑)
天野高志
オレ、実はまだ駅前のプランデビューしたことないんだよね…
笹浦暢大
まだ?笑
天野高志
うん。本多の方が先だった(笑)

OFF・OFFシアターからの本多だったんだよね。

笹浦暢大
それもすごいね(笑)

オレは普通にステップアップだったなあ。OFF・OFFやって劇小やって駅前だったかな。

佐藤こうじ
順当にって感じだね(笑)

まあ、運が良くそうなっただけで、続けるつもりもなかったし。でもバイトするのも嫌だった。

音響の仕事したらお金がもらえそうだったから、それでね(笑)

天野高志
分かる(笑)

オレもバイトしてなかったもん。手伝いとかそんな感じだったね。

笹浦暢大
舞台には一回も立ったことないの?
佐藤こうじ
映像にはちょっと出たことあるけど、舞台はない。

暗転でハケたりとかしたことないもん。

天野高志
どれぐらい暗いか体験したことないんだ(笑)
笹浦暢大
じゃあ「蓄光あるから、見えんだろ」とか思ってるけど体感したことはないんだ(笑)
佐藤こうじ
うん。ないね。
天野高志
ビックリするくらい暗いよ(笑)
笹浦暢大
特に駅前とかね(笑)

流れで音響になった

笹浦暢大
天野は始まりはどうだったの?高校演劇だっけ?
天野高志
高校演劇はちょっと違うんだけど、友達が劇団を作って、そこのワークショップ呼ばれて行ったら、なんかよくわからないけどそのまま出ることになったんだよね。

そしたら1〜2年くらいして演出が劇団を辞めて、それがきっかけでなんか演出をやったらそのまま選曲をやらされてたんだよね。

それで将来どうしようかってところで専門学校行こうかなって思ってたんだけど、元々は写真の学校行きたかったんだよね。

でも、なんやかんやで音響も当時やっていたから「音響の方が良いか。なんか今すぐどうにかなりそうだし」って感じだったかな(笑)

笹浦暢大
二人とも動機がマジ不純だわ(笑)
天野高志
まあ、バンドもやってたからちょうど良いかなって。

で、専門学校行って、腰壊して、PAを断念してテレビの効果会社に入って、そこをやりながら周りの友達の劇団とか手伝ってー…気が付いたら今みたいな感じかな。

笹浦暢大
気付いたら随分デカくなってたね(笑)
天野高志
まあ、その効果会社にいた時に社長に「お前はいつテレビの人間になるんだ」って言われて、すごくお世話になってたんだけどテレビの人間になるつもりはなかったから辞めたんだよね。

ちょうどその時期にTEAM 発砲•B•ZINのお芝居を見る機会があって、「こんな音響があるんだ。じゃあこっちの方がいいな」って。

そしたら、たまたまTEAM 発砲•B•ZINの音響さんと繋がりが出来て、飛び込むようにその人のところに入って、3か月くらいアシスタントのような生活を経てって感じかな。

そういう人と知り合うと、意外と仕事が回ってくるんだよね。最初はちょっとした仕事(車の運転とか)そういうことしてるうちに段々仕事がもらえるようになったんだよね。


まあ、だから流れだよね。

佐藤こうじ
音響さんって本当になりたくてなる人って、一人もいないんじゃないかな。
笹浦暢大
そうなの?
佐藤こうじ
PAさんはいるんだけどね。舞台音響さんに関しては流れだよね。
天野高志
専門学校通ってた頃に「演劇の音響やりたいです」って先生に伝えたら、「演劇の音響さんってのは世の中に存在してなくて、大きなコンサートとかやってるPAさんが片手間にやってる仕事だから、そこ目指してもねえ…」って言われたことあるよ(笑)
佐藤こうじ
ヒドいね(笑)
天野高志
しかも「演劇やるなら劇団四季か宝塚に行きなさい」って言われてオレはミュージカルじゃなくてストレートプレイがやりたかったから、当時は友達の劇団だったり、あとはネットのスタッフ募集サイトの掲示板とかにバンバン書いて売り込みをしてたね。

バイトしたくなかったからさ(笑)

とにかく仕事しなくちゃって思って、19~22くらいまでそういうことやってたかな。

どうして音響を仕事にしようと思ったか?

笹浦暢大
なるほどね。まあ、そうやってそれぞれきっかけがあってこの世界に飛び込んだ訳だけど、なんで二人とも音響を仕事にしようと思ったの?
佐藤こうじ
元々は映画音楽や作曲もやりたかったんだけど、舞台音響もそれなりに需要があったから続けたんだよね。

けど、途中で食べられなっていくことに気付くわけ。

それで30歳までに稼げてる方をやろうって決めた。だから「これで食べて行こう!」って決めたのは30歳からなんだよね。約5年くらい前かな。

笹浦暢大
結構最近なんだね。
佐藤こうじ
だって音楽もやりたかったからさ。

あとみんなによく言うんだけど、3年でフェーダーが手に馴染んで、6年でちょっとだけプランとは何かってのが分かって、8年でプランが楽しく感じるんだよね。で、今自分は10年だから「もうちょっと続けてたいな」って時期かな。

この仕事はなあなあで始めちゃったから、「仕事にしていこう」ってのは後戻り出来なかったのに近い。機材とかどんどん増えるし、それを維持するためには仕事をしなければいけないしさ。

笹浦暢大
たしかに30歳を過ぎるとかなり増えてくるよね。
佐藤こうじ
あとは他に出来ることがなかったのもあるかも。「これを伸ばした方がいいんじゃないか」って自分の中にそういうのがあって、そうしたって感じかな。
笹浦暢大
なるほどね。天野は?
天野高志
演出家や役者より先に食えそうだと思ったからかな。
笹浦暢大
おー。オレが舞監やってるのと全く同じ理由だね(笑)
天野高志
もちろん今同世代で売れてる人はいるけどね。

ずっと楽しくてやって来たから、それを全部止めて普通の一般職に就くのはまたちょっと違うと思ったんだよね。

中でもご飯が食べられそうなもの。バイト君からスタートでも、役者や演出家のバイトはないから、そうなるとスタッフかなーって。

他にやりたいことがなかったんだよね。夢がずっとなかった。今も別にないんだけど。

そういうのが子供の頃からずっとなかったんだけど、専門か大学で悩んだ時にたまたま選んだけど、もうこれしかないかなって。

笹浦暢大
じゃあ、専門を選んだのは結構大きいんだ。
天野高志
そうだね。音響の専門学校に行ってなかったらたぶんなってない。きっと元々興味があったんだろうね。

「他に興味がないからそれはあまりやらない」みたいなさ、演劇人ってそういう偏ってる人多いじゃん。

笹浦暢大
多いね。人のこと言えないけど(笑)
天野高志
自分も偏ってる人間だなって思ったから、興味のあることだけやってみようと思ったら、結果音響だけが残った感じかな。

それこそ、専門学校で照明とか美術とかの勉強もあったけど、未だに全くわからないもん。

笹浦暢大
スタッフあるあるだけど、他のセクションのことってわからないよね。俺は舞台監督だからまだ割とわかる方だけどさ。
佐藤こうじ
照明さんとは卓の話になるよね。
天野高志
ああ、なる!
佐藤こうじ
「音響の方が分かんねえよ」みたいな言い合いになんだよね(笑)

やめようと思ったことは?

笹浦暢大
やめようと思ったことはあったの?
佐藤こうじ
まだないです。やめるなら今かなってのはあったけど、やめようとは思わなかった。
天野高志
ぎゃーってなることは多いかな。オレはある程度、カンパニーが作った下書きに色を塗る作業だと思ってるから、その下書きがぐちゃぐちゃな時があって、それが続くと心は苦しくなるね。
笹浦暢大
そういうので辞めたくなったりはしないの?
天野高志
やめたくなったらやめちゃうだろうから、だからきっとやめたくなってない。疑問に思うことは多々ある。

攻略しないと気が済まないって性格も相まって、やめたくなるんだけど、そう思うってことは攻略出来てないってことだから、「攻略したい」って思うとまた受けちゃう。そうやって「次は攻略したい」って現場が続いて、結果、仕事が増えたんだよね。

心が折れたらダメだと思う。折れてないから続いている。

後編記事へ

前編記事、お楽しみいただけたでしょうか?

お二人がこの業界に飛び込んだきっかけから「やめたくなったことは?」など昔の話をお聞きしてきましたが、後編では長年スタッフとして演劇に関わってきたお二人から見た、良い演出家、悪い演出家についてや、さらにお二人が思い描く音響業界の問題について、お聞きします!

ワークショップ情報

今回対談にご協力いただいた、佐藤さんと天野さんが参加するワークショップが開催されます!

機会があれば行かれてみてはいかがですか?

※こちらのワークショップはすでに終了しております。
soniiiiiidoワークショップ
期間:2016年 12月26〜27日
会場:赤坂レッドシアター
HP:http://sugarsound.net/


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