家庭と演劇の両立は無理!ママ演劇人の苦悩と挑戦の日々②

再び筆をとらせて頂くことになりました、劇団HYP39Div.主宰の表情豊と申します。

どうやら大人の力が働いたようです。誠にありがとうございます。読んでくださった方全員にお菓子をあげたい。ルマンドあげたい。

さて、前回の記事では、しばいのまち編集様に「家庭と演劇の両立を目指す」「ママ演劇人の苦悩と挑戦の日々」という、とてもキャッチーで素晴らしいタイトルをつけて頂いたおかげか、沢山の方に記事を読んで頂く事が出来ました。

中でも、これから結婚出産の予定がある方、身内にそういった演劇人がいる方からは反響著しく、「同じ境遇になる予定です!私もがんばります!」「やめてしまったけどまた演劇をはじめたいと思いました!」的なコメントがあったのはとても嬉しいことなのですが、あ、それはそうとして、前回、大変回りくどい始まり方をしてしまったので今回は簡潔にテーマとなるべき文言を最初に書かせて頂きますね。

子育てと演劇の両立は無理!!!

子育てと演劇の両立についてですが。まあ、無理ですね。

無理です。無理なんですよ。でもあんまり簡単に「無理です」といってしまうのもアレなので、しっかりと「両立」の意味を調べてみました。

両立[名](スル)
二つの物事が同時に支障なく成り立つこと。
「仕事と家庭とを--させる」

無理です。

「同時に」「支障なく」「成り立つ」なんて夢のまた夢。あっちを立てればこっちが立たず、日々何かに追われ何かが出来ず、今にも崩れそうなバランスで、ぐっちゃぐちゃの地面に立って、なんとかかんとか生きている。それが、私の現状です。

「演劇人」をきっぱりやめて「母」になるか、「母」を捨てて「演劇人」のままでいるか、二択の中から答えを選ぶべき、と、二択を選びきれなかった今でも、そう思います。

人の気持ちはわからない。わかってもらえない

前回、子育てをしながらの執筆活動、そして稽古について触れ、「なんとかなりませんよ」と書きましたが、それらはすべて正直、氷山の一角。

私の要領が悪い事を差っ引いても、果てしなく立ち塞がる「なんとかならなさ」に行く手を阻まれることとなります。

〆切直前に子供発熱、とか、本番期間中子供の預け先が見つからない、とか、保育園に預けようにも傍から見れば売れない演劇人はただのプー太郎なので審査が通らない、とか、周りのママ友とまったく話が合わない、とか(まあこれは私の性格に問題がありそうですが)、とか、逆に独身の役者仲間とも話が合わなくなり距離をおかれる、とか、まあ、言い出したらキリがないほどの弊害があります。

あなたが私と同じ辛さに直面したならば

そして、これを読んでくださっているあなたが、その「なんとかならなさ」に直面したとき。子供に泣きつかれ、〆切と稽古を抱えながら、あなたが聖人君子でない限り、きっと、一度はこう思うはずです。

「誰も私の気持ちをわかってくれない」と。

でも無理なのです。わからないものは、わからないのです。逆に、あなたはもう、独身で、子供がおらず、お芝居だけをやっている演劇人のことは、わからなくなっているのですから。お互いさまです。人の気持ちなんて、わからないのです。

「あなた」は「あなた」でしかないと割り切る

いくら「大変だね」「わかるよ」「がんばって」と言われたところで、あなたにその言葉をかけてくれる人間は、「あなた」ではありません。

「あなた」の気持ちと、「あなた」の苦労がわかる人間は、「あなた」しかいないのです。「母」であり、「演劇人」であり、「あなた」である、「あなた」しか。

「人にわかってもらおう」と考えない

この時点であなたは、「人にわかってもらおう」等と考えるのはやめるべきです。

例えば、同じような境遇、「母」であり「演劇人」である人間に運よく出会えたとしてもです。その人は「あなた」ではないのですから、あなたにとって幸せそうに見えても、まったく別の悩みを抱えているかもしれません。

「わかってもらおう」等と考えるから、「わかってくれない」と、自分がただしんどくなるのです。それは悲しいことではなく、ある種の開き直りによって、自分の心を守るため、周りにいる人を嫌いにならないための策だと思って下さい。

実際私は一時期ものすごく周りの人間を嫌いになりました。自分の旦那、我が子でさえも。「自分でやると決めたのに」、周りの人間のせいにして、周りの人間を嫌いになってしまうのです。

これはとんでもなくダサいことです。でも、そうなってしまいがちです。心に余裕がない証拠ですね。いや本当にダサいです。

両立しても褒められない辛さ

演劇人の仕事はなんでしょうか。作家、演者、スタッフ、ついている仕事によってやることは変わってきますが、私の場合は「脚本家」「演出家」「役者」の三つの仕事をしているので、やることは大きく分けると「執筆」と「稽古」になります。

これに「主宰」というもの乗っかるので、こまごまと他にも指示出しや挙がってきたもののチェック、あとうちはweb担当者がいないのでHPの更新作業とかもします。

「執筆」「稽古」「諸々の作業」これらをすべてこなしたところで、私を褒める人間がいるでしょうか。否、いません。だってそれは当然のことなのですから。

母親の仕事はなんでしょうか。前回書いたように、育児、炊事、洗濯、掃除、ご近所付き合い、等があげられます。これらをすべてこなしたところで、私を褒める人間がいるでしょうか。否、否!いません。

両立しようとすると立ち行かなくなる

だってそれは当然のことなのですから。出来て当然、出来なきゃ失格。

しかし、「両立」となると、その「当然」のことが、一気にどちらも立ち行かなくなるのです。

稽古に行くとき、子供の預け先が見つからなくても、「演劇人」であるあなたは稽古を休めません。稽古場であなたが「母親である」事は関係ないのです。

大道具の様子を見に行きたいとき、小屋見学をしたいとき、「母親」であるあなたは家にいなければなりません。子供にとってあなたが「演劇人である」事は関係ないのです。

周りからかけられる悪気の無い言葉たち

そんなこんなでヒイヒイと毎日目の回るような毎日を送っているあなたに、「あなた」のことがわからない、「あなた」ではない人たちは、平気でこんなことを言ってきたりします。それはもう、悪気のあるなしに関係なく。

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自分で書いてて腹が立ってきました。

でも、その人たちを責めてはいけないのです。だってその人たちは、「あなた」ではないのですから。

頭の中でボッコボコにする、のはちょっと物騒なので、定食屋でビッチョビチョのから揚げが出される、買ったばかりのスマホを落とす、等、そんなことを願う程度にとどめておきましょう。

私の周りの協力体制

私の旦那は、私の演劇活動の援助をするべく金を出し、人んちを渡り歩いていた私に家を与え、普通のサラリーマンから、私の金銭感覚のなさを見かねて仕事をやめ、私の劇団の制作スタッフ(主に金勘定をする人)になりました。

今も夜自宅でできる仕事をしながら、私が不在の時、すべての家事と育児をしています。これはもう、自分で言うのもなんですが、とんでもないラッキーでしかありません。

頼りになるスタッフの存在

我が劇団のスタッフ最年長、衣装、小道具のAさんは、私と旦那が二人とも家からいなくなる芝居の本番中、まったく、他人の、私の子供を、我が子のようにかわいがって、一日中、世話をしてくれています。

ちなみにAさんには子供がいません。そのことで悩む姿を私は何年も見てきました。そんな人に、「いやーゴムつけ忘れたらデキちゃった」みたいな、快楽による〇〇〇〇によってできた、私の子供を、私は預けているのです。

Aさんは本当に自分の子供のように私の子供をかわいがってくれます。これも、とんでもないラッキーです。

同業のママ友二人の存在

私が仲良くしているママ友さんの旦那さんは、照明スタッフをやっています。そして、もう一人のママ友さんは、ご本人が音響さん、そして、旦那さんが舞台監督です。

ちなみにお二方とも、演劇活動を通して仲良くなったわけではありません。ただボンヤリと公園で子供を遊ばせていたら、自然と仲良くなった2人のお母さんが、たまたま、そういった職種の方だったのです。

我々は共に公園で落ち合っては愚痴を言い、「ハア~大変だ」と傷を舐め合います。公演の時はお互いに子供を預け合ったりもします。これも、ものすごいラッキーです。

頼りに頼って演劇を続けられている

我が劇団の劇団員は、スタッフは、私が妊娠し、劇団としての演劇活動を続けられるかどうかわからなくても、だれも劇団をやめると言いませんでした。

私が妊娠初期、我慢出来ず煙草に火をつけようとしたときは、(すいませんでした)全力で止めてくれました。私が大きなおなかを抱えていたときは、私が不在のまま小屋入りし、セットを組んでくれました。子供が生まれてからは、一緒に誕生日を祝ってくれました。

今書いててちょっと泣きそうになってきました。

これも、ラッキーです。ラッキー、なんて言葉で片付けられないくらいの、ラッキーです。

第一回でも書きましたが、私が演劇活動を続けられているのは、周りの人間にただ恵まれていたからです。周りの人間に頼り、頼り、頼りまくって、どうにかやっていけているだけなのです。

散々偉そうな口を叩きましたが、周りの人間に恵まれていなかったら、早々に辞めていたかもしれません。

本当に感謝しかないのです。これらの方々の協力があって、やっと私は、演劇を続けられているのです。

どれだけ大変でも演劇がやりたかった

これらすべての「ラッキー」があり、周りの人間に恵まれ、そんな人間に死ぬほど迷惑をかけ、それでも辛く、毎日わあわあ泣いてまで、あなたは演劇がやりたいのでしょうか。

子を育てる為に不可欠な「安定した収入」の得られないギャンブルのような職業につき、ママ、ママと、あなたの後ろをついてまわる子を放置してまで、あなたは演劇がやりたいのでしょうか。

私はやりたかったのです。何故かはまだわかりません。それをわかりたくて、演劇を続けているのかもしれません。

これからママ演劇人を目指すあなたへ

これから母になる演劇人の方、そして、母でありながら、演劇をはじめたいと思っている方は、いま一度、考え直してみてほしいと思います。

それでも、どうしても、演劇がやりたかったら、相当の覚悟をもって始めてください。そして、そんな人の周りにいる方は、多大な迷惑をかけられることを覚悟してください。

その先に何があるのかは、私にも、きっと誰にもわかりません。ただそこに「演劇」というものがあって、はじめるも、やめるも、あなた次第で、「演劇」を好きでいるか、嫌いになるかも、あなた次第なのです。

最後に

ああ、また、ずいぶんと長くなってしまいました。そろそろ締めに入りたいと思います。

あ、その前に、まあ、そんな私が書いて、演る、「至極滑稽亡者戯」という芝居があるので、ぜひ見にきて下さいませ。

古典落語、「地獄八景亡者戯」をモチーフにしたおはなしなのですが、今回書いたような、まさに「地獄」という、演劇で経験した地獄を詰め込んだお話になっていてですね、え?何ですか?宣伝ですよ。そりゃ宣伝もしますよ。生活かかってるんですよ。それ以上に見にきて頂きたいのですよ。

今回の記事を読んで何がしか感情が揺らいだ方には、なおさら。あ、詳細は多分編集さんが最後のほうに書いてくれますからね。よろしくお願いしますね。

とにかく私が言いたいことは、、、

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そういうことです。

みんな!子育て!!お金かかるから!!!ビックリするくらい!!!!かかるから!!!!!

貯金しといたほうがいいよ!!!!!!

表情豊

表情豊
「HYP39Div.」主宰。脚本、演出、出演、だけに留まらず、コラム、イラスト等、頼まれれば大体のことはやる女。人生で一度も痩せていた事がない。横スクロールのゲームをやると吐く。
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次回公演

※公演終了
HYP39Div.2016年度秋公演「至極滑稽亡者戯」
◼︎日時:2016年10月26日〜30日
◼︎場所:ART THEATER かもめ座

「至極滑稽亡者戯」の詳細・ご予約はこちら

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第二回しばいのまちオフ会開催!



10/28(土)13:00〜開催!