「誰も自分の隠れた才能など見つけてはくれない(前編)」お座敷コブラ:伊藤裕一

「今が旬!注目の演劇人!」3人目は小劇場俳優から始まり、テレビ、映画、エンターテインメントショーなどに多数出演。小劇場の舞台からステップアップした俳優の代表として、注目を浴びているお座敷コブラの座長、伊藤裕一さんにお話を伺いました。

これまでの道程や、俳優としての仕事との向き合い方。多方面で活躍しながらも継続して公演を行うお座敷コブラについての想いなどを伺ってきました。今回の記事は前編、後編に分けてお届けします。

お座敷コブラ

2002年、日本大学商学部演劇サークル「劇団おいおい」のメンバーを中心に結成。「かっこいいファンタジー」を掲げ、2003年「荒野のマンガン」で小劇場デビュー。

独特な世界観、突飛な展開、個性的なキャラクター達が描く確かなストーリーが受け、にょろにょろと活動を続ける。伊藤裕一考案の「クロス」と呼ばれる展開作りは、本公演の醍醐味でもあり、高い評価を受けている。2005年の第5回公演「お前ら表へ出ろ!」で一時劇団活動を休止するも、翌年すぐに復活。劇団員の多くは、TVやイベントでの活動をメインとし、年に一度劇団公演を行っている。

伊藤裕一

1984年3月25日生。幼少期をシンガポール・台湾で過ごす。劇団お座敷コブラ主宰・全作品の作演出を手掛ける他、幅広い分野で活動している中学の頃に「自分は他の人とは違う」と言う事を痛感。俳優を志す。その後、劇団つみつみニャ-、劇団おいおいを経て、2003年、劇団お座敷コブラを旗揚げ。お座敷コブラ全作品の、作・演出をつとめる。

俳優を志したきっかけ

ー今日はお時間を頂きどうもありがとうございます。伊藤さんはプロフィールでは中学校で俳優を志したと書かれていますが、その頃のお話を少し詳しく教えてもらえますか?

伊藤裕一
そもそも小さい頃は僕は皆が自分と同じようにテレビに出たいものだと思ってたんです。それが当たり前なんだろうなと。

でも中学の時に、授業の一環で展示をするか劇をするかを選ぶというのがあったんです。僕は迷わず劇を選んだんですが、友人は皆、人前に出ない展示の方を選びました。

そこで「みんなが自分と同じ様にやりたいわけじゃないんだな」と気づいたのと同時に、芝居を職業にしたいなと考え始めました。

ーではそこから本格的にお芝居の道に進むんですね

伊藤裕一
高校は演劇部に入りましたが、演劇部だけじゃなくて、映画部や文化祭の実行員などいくつも掛け持ちしてました。文化祭の時だけ目立つ人っているじゃないですか?それが僕でしたね。

脚本もこの頃から書き始めました。

ー高校卒業後、大学は商学部に入っているんですよね?

伊藤裕一
はい。劇団を運営するためには必要だと思ってマーケティング学科に入りました。そこで商業についてはすごく学べましたし、学んだことは劇団運営に活きてます。

ーその感覚ってすごい珍しいですよね。演劇のために、マーケティングを学びに行くって。大学では演劇のサークルに入ったんですか?

伊藤裕一
そうですね。でも演劇サークルだけでは年に1,2回しか舞台に立てるチャンスがなくて、それがすごいフラストレーションで。

俳優を志すのであればある程度の経験や下積みが必要だとはその時から考えてまして、僕はその下積みを大学在学中になんとか終わらせたいと思ってました。

それで19の時にお座敷コブラを立ち上げて、自分で公演を打つようになったんです。

退路を断ち切り、眠れない夜も。

ーではそこから舞台の経験を増やしていって、卒業後しばらくはフリーで活動されてたんですよね?

伊藤裕一
今の事務所に入ったのが5年ほど前なので、27歳くらいまではフリーで活動してました。
伊藤裕一
その頃の話でいうと、ちょっと話は変わりますが、ウチの親父が少し変わった人でして。

当時はアルバイトをして、実家にお金を入れながらなんとか生活してたんですが、父に対して毎年決算書を出すことが求められてたんです(笑)

ー決算書ですか?伊藤さん個人の?

伊藤裕一
そうです。年間でどれくらい収入があって、どれかくらい支出があってというのをしっかり書いて、父に提出してました。

それで同世代の人達はどれくらい収入があって、自分との差はどれくらいか、どうしていくべきか、などを父と話しながら、改めて自分の立ち位置を確認していました。

ー子供に決算書を出させるって面白いですね。確かにそうやってしっかり目に見える形にすると、冷静に世の中と比較した「自分の立ち位置」が見えるので、個人的には非常に素晴らしい取り組みだと思います。

今の事務所に入るまではどんなことをされてたんですか?

伊藤裕一
まず当時はアルバイトをしながら役者をしていて、ホテルでアルバイトをしてたんです。そこでの仕事が上達しすぎてしまい、時給も徐々に上がっていきました。

でも「このままじゃここの人になってしまう」という危機感も大きくなっていって、26歳の時にその仕事を辞めました。

仕事を辞めたは良いものの、特に役者として食べていけるほど仕事があるわけでもなかったので、そこからが一番不安で、辛かった時期ですね。

ー先が見えていない中でも、スパっと仕事を辞めたんですね。それは一大決心ですよね。

伊藤裕一
仕事を辞めた後は、本当にやることがなくて。自分は何をしているんだろうと悩んで、夜眠れないことも多かったです。

そこから色んなオーデションや役者の仕事をたくさん受けて、なんとか1年経つ頃にはフリーで食べていけるくらいにはなりました。

基本的に仕事を選ぶことはせずに、エンターテイメントに携われるものであればなんでもしてきました。

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次回の後編記事では 退路を経った後に訪れた転機や、役者として心がけていることなどについてお聞きしていきます。

後編記事はコチラ→後編記事

公演情報

お座敷コブラ:12畳目公演「RUN」ver.2.0
■日程:2016年11月3日(木・祝)~13日(日)
■公演詳細ページ:http://11-13act-run.jimdo.com/


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