【連載企画】第4回:家族と演劇(時間堂・黒澤世莉)

黒澤世莉です。みなさまこんにちは。おかげさまで、この連載も最終回です。4回はあっという間ですね。

この連載を書いている間に、英国はEU離脱を決め、トルコではクーデーター未遂が起き、日本では平成の世が終わるかもしれないと聞いてびっくりしています。激動か。

時代は移り変わっていきます。それとは気づかない間にそっと、あるいは音を立てて派手に、今までの常識が通用しない、まったく新しい世界になったりもします。私の知っているノウハウが皆様の役に立つかどうかは分かりません。

とはいえ「ちょっとしたコツを伝えるハウツー」ではなく「物事に取り組むために共通する本質」について書いたつもりです。今の現状に対する今だけ通じるコツか、時代に左右されない本質的な成長か。これまでの連載も、興味があったらそういう視点で読んでみてください。

第1回:若い演劇人へのエールと叱責
第2回:演劇の流行り廃り
第3回:演劇を20年続ける方法

さて、最後は「家族と演劇」について書いてみます。これは特に皆様の役に立つようなことを書くつもりはありません。自分が思ったことを気ままに書かせていただきます。

私の生い立ち

私は1976年9月1日に、東京都足立区で生まれました。太平洋戦争から30年くらいたって、東西冷戦まっただ中で、人類は月に行って、戦後復興が終わって、学生運動が盛り上がった後です。まだJRは国鉄で、NTTは電電公社で、インターネットもスマートフォンもない時代です。

バブル経済と呼ばれる空前の好景気とともに、すくすく育ったわけです。中学生になる頃に年号が昭和から平成に変わりました。

中学生になる頃の私は、舞台俳優になろうと思っていました。特に何かに影響を受けた、というわけではありません。漠然と「俳優になるぞ」て思ってました。すでに。

思えば小学生の頃です。学芸会という催しが2年に一度ありました。そこでは音楽と演劇を選択するのですが、ほとんどの子が音楽を選択する中、まったく空気を読まず演劇を選択していました。子どもの頃から演劇やりたかったみたいです。

うちの家族は、細かく説明すると長くなるので省きますが、母と、年の離れた弟と妹がいます。いわゆる核家族です。父親はいません。小学校2年生のころ以来、会っていません。あと良く言われるので先に否定しておきますが、残念ながら黒澤明監督とはなんのご縁もありません。

お金は無いが自由にやらせてもらえた

演劇を始めるにあたって、私と母の間にあった出来事を書きます。

わたし「演劇やります」
母「はい」

以上。

これ以上、何の話もありませんでした。後々で知ったところ、うちは両親とも舞台俳優を志していたとのことでした。そもそも、うちはほんとうに放任主義で、それは放任というか放置なんじゃないかというくらい放任だったので、演劇やる、ではなくても、なにか犯罪的な営みでなければ、特に反対されなかったろうと思います。へたすりゃ犯罪でも止められないかも、いやさすがにそれはないか。

うちにお金はなかったです。そうとう貧乏だったと思います。バブル期の東京に住んでいて、風呂無しくみ取り式トイレのアパートって、なかなかだと思いますよ。もちろん、下を見ればキリがないですし、雨風しのげただけ御の字だとも思います。

日本の経済力が落ちた今では、飢えに苛まれている若者たちもいるわけですが、時が時ならそれは自分の姿なわけで、まったくヒトゴトとは思えません。

とはいえ、お金があればなあと思ったことはありますが「お金があってとやかく口出しされる」のと「お金はないけど自由にやらせてもらえる」の二択だったら、現状の後者でよかったなあ、と思います。正直、前者の立場になったことがないから、お金がある場合の気持ちは分かりませんが。

演劇と家族の悩み

演劇を続けることと家族との関係で、悩んでいる方はたくさんいらっしゃると思います。

ちょっと思いつくだけでも、
「本家の長男だから墓を守らないといけない」
「河原乞食は勘当だと言われる」
「結婚しろというプレッシャーが強い」
「就職以下略」
という、家族に演劇を理解してもらうための苦労話は枚挙に暇がないです。

あらゆる困難が待ち受けている演劇の道

仕方がない側面もあると思います。学校を卒業したら就職してほしい、というのが、クラシックな家族の子どもに対する願いでしょう。演劇活動は、就職という実態をとることは少ないです。

収入面でも、銀行員であれば10年勤めれば一千万プレイヤーになれるかもしれないのに、演劇人であれば年収100万円代で生きていくなんてザラです。

そしてキャリアプランから考えても、収入が増えるかどうかという面でも、有名になるかという意味でも、芸術家としての成果をあげられるかという意味でも、極めて難しいです。

その上、芸術的成果を伝えることはとても難しい。新聞の劇評コーナーにでも取り上げられないかぎり、あまり評価の軸に上がりませんから。

そして、世間体の壁もあります。演劇活動は、どんなに真剣にやっていても「あそこのお子さんはふらふら遊んでいる」と思われてしまうのです。

親から見れば、そりゃやめさせたいよなあ、という現実のオンパレードです。が、私には、そういう親からのプレッシャーを受けた実体験が一切無いんです。

根本にあるのは演劇の社会的立場の低さ

ただ一つ思っていることはあります。

「なぜ日本の社会の中で、演劇の立場はこんなに悪いんだろう」ということです。

私個人の人生で言えば、演劇に救われました。今でも大した人間ではないですが、演劇がなかったらもっとくだらない人間になってたでしょう。

演劇は素敵な営みです。人生を豊かにする力があります。全国で作品を発表したり、ワークショップを行ったりして、演劇の持っている力は人々の役に立つと信じています。

そして、20年前に比べて、社会の演劇に対する理解は深まっている、とも思います。一方で、未だに多くの問題を抱えているのも事実です。思いつく問題とそれに対する私の想いを書きます。

・仕事になりにくい
不可能ではないですが、稼げる演劇人はほんの一握りなので、まず半分くらいにしたい。

・町の人が劇場の場所を知らない
本人が足を運ばなくても、地域の誇りとして文化拠点を知っている状態にしたい。

・家族が応援してくれない
演劇という営みが今の社会の中で、自己承認力の獲得においても、コミュニティ形成においても、意義深いものであると認識してほしい。

簡単に言ってしまえば「演劇の地位向上」ですね。もうすぐ40歳になる私は、若い頃より出来ることが増えています。増えているはずです。増えているといいなあ。

後の世代の為に環境を整えたい

そろそろ、自分のためにではなく、後輩のために力を使っていいかなと思っています。今までは自分勝手に活動してきましたし、これからもそうだとは思いますが、自分のことだけ考えてるのもつまらないなーって、最近は思うようになりました。

やっぱり、他人がハッピーそうにしてるほうが、プロジェクトが成功してチームが喜んでる方が、自分もハッピーだもんね。

なので今は、誰にも頼まれてませんが勝手に、後の世代のために環境を整えたいなあ、と思ってます。

恥ずかしくない仕事をして、社会の理解を得ていけるお手伝いをしたいと思います。どこまで出来るか分かりませんけどね。結果として、家族と演劇の問題で困ってしまう人が、減ったらいいなあ、と思います。

さいごに

4回の連載、短い間ですが、しばいのまちの読者の皆さまに出会えて良かったです。ご意見ご感想など、SNS経由で下さったみなさま、ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。

<筆者について>
黒澤世莉
1976年、東京都生まれ。創立20週年を迎える時間堂の主宰であり演出家。スタニスラフスキーとサンフォードマイズナーを学び、1996年、時間堂として活動を開始、主に演出と執筆、翻訳を手掛ける。TGR札幌劇場祭作品賞、佐藤佐吉賞優秀作品賞、演出賞受賞。


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