江古田のガールズ主宰、山崎洋平氏が語る演劇の理想と現実

夢をずっと追い続けても、なかなか追いつけない。昔の僕はキラキラした思いを確かに持ち、一心不乱に夢に向かっていた。いつからか、それは僕の中の非現実になり、そして疲れてしまいました。

そこで今回は20代にして、すごい勢いで飛躍を続ける劇団、江古田のガールズの主宰である山崎洋平さんにお話を伺ってきました。
劇団を立ち上げてから、8年。彼が夢を追い続けられる原動力は一体どこにあるのでしょうか。ずっとニコニコと明るく話してくれた山崎さん。その口からはどんな話が飛び出すのか!?

江古田のガールズ、山崎さんについて

江古田のガールズ

2008年、11月に旗揚げされた劇団。「ゲストを楽しませること」を理念とし、100%娯楽(エンタテインメント)の新ジャンル「アトラクション」を企画・製作している。夢はPARCO劇場。
江古田のガールズのWEBサイト

山崎 洋平

1987年生まれ。宮城県出身。江古田のガールズの主宰であり、劇団の公演では演出・脚本を手掛ける。現在では他劇団での演出や脚本の提供、俳優としての出演など、活動の幅を広げている。

演劇はサービス業に徹するべき

ー基本的なところからですが、江古田のガールズは立ち上げて何年目の劇団ですか?
山崎さん(以下敬称略):8年目ですね。元々、大学時代に立ち上げた劇団で、はじめは僕1人でした。そこから公演回数を重ね、色んな人と関わっていく中で、劇団員が増えたり、減ったりなどを繰り返し、現在は9人の劇団員がいます。

ー劇団理念の「ゲストを楽しませること」というのはどういう思いから作られたんですか?
山崎:そもそも、僕自身が「自分の切り売り演劇」や、アーティスティックな感じの演劇が好きではないんです。

僕は演劇とは娯楽、エンターテインメント性があるべきだと思っています。だからこそ、僕はそうじゃない演劇ってのはやりたくない。やりたいものはエンターテインメントなんです。そう言った思いから来ている理念ですね。

演劇はお客さんに、お金を払って観てもらい、楽しんでいただくものですから、サービス業に徹するべきだと思っています。まあ、そんな理想を個人で賛成してくれる人がいても、演劇界と言う広い枠になると、なかなか認めてもらえないんですけどね。

自分を貫くスタンス

ーちなみに山崎さんはいつ頃から演劇を始めたのですか?
山崎:高校からですね。入学した高校の演劇部がとても歴史のあるところだったので、興味を持って入部して始めたんです。ただ、歴史ある演劇部だったのが僕が入る頃には廃れてしまって、部員は僕1人でした笑

ー1人ですか!?大変ではなかったですか?
山崎:演出、脚本、出演の全てを1人でやるのですから、それは大変でしたね。でも、それ以上に大変だったのが顧問との関係です。

僕が思う「面白い」のスタイルと言うか、やりたいことが全く顧問と合わず、何度も話し合いをしました。当時、今やっているような「エンターテインメント」のある演劇がやりたかったんです。しかし、それを理解してもらえなくて、「高校演劇は教育だから」とまで言われましたね。

ー高校生の頃からはっきりと自分の意見を貫いていたんですね
山崎:そうですね。結局「もう好きにしなさい」と言われ、自分のやりたい事をやってみたんです。結果、東北大会まで進出することが出来て、賞とかも頂きました。その後は顧問も認めてくれました。

演劇を仕事にすることについて

ー江古田のガールズは8年間、コンスタントに公演をしてきてますよね
山崎:そうですね。

ー長年やってきた中で変わった意識や感覚とかってあるんでしょうか?
山崎:自分で劇団を立ち上げた頃とかは手弁当で公演打って、お客さん呼んで、観てもらえて。それだけで全然嬉しかったんです。

でも、それは最初の2年くらいまでで、その後は徐々に考えが変わっていきました。楽しいだけで満足していたのが、次第に満足感が薄れて、それ以上に「このままではいけない」という思いが2〜3年経つ頃には強くなっていきましたね。

ちゃんと仕事として成り立たせなくてはいけないと思いはじめたというか。その頃から外部のお仕事も増えてきました。

正直、演劇で食べていくのは厳しいのが現実です。楽しいだけではお金にはならないですし、お金になることには大変なことやつらいことが多かったりします。僕自身、本を書くのは結構苦痛ですし、数もボンボン量産できるタイプではありませんのでいつも苦しんでいます。それでも、もっと仕事を増やしていくために、日々考えながら活動をしています。

ー今後取り組んでいこうと思っていること等はあるんですか?
山崎:まだまだ僕は駆け出しで、ギャラの単価が安いので、それをこれからどうやって上げて、ちゃんと生活をていける様にしていくかが課題ですね。やはり結婚もしたいし、家族を養えるくらいにはなりたい。現状はそうなれてないので、ここから抜け出してしていくことがまず目の前での目標です。映像の方の仕事へ進出なんかも最近は考えています。

自分が商品という感覚をしっかりと持つ

ー過去の自分も振り返りながら、他の若手演劇人に対してのアドバイスとかってありますか?
山崎:ぼけーっとしていてはダメ。とにかく活動して、吸収していくべきですよね。

ちょっとやそっとじゃ死にゃしないですし、自分が過ごした時間や経験ってのは、必ず自分の財産になります。「とにかく作品を見る」だとか、今貧乏ならばそれを突き詰めてみるとか、方法はなんでも良いんです。そうやって自分の中に経験や知識を蓄積していくことが大事だと、今は本当に思いますね。

ーなるほど
山崎:そうやって蓄積されたものは、その人のセリフ一言にも現れます。だからこそ、大事だと思うし、恐ろしいなとも思います。経験を蓄積してきた俳優さんが言う「疲れた」って一言と、新人が言う「疲れた」にはもう明らかな違いが出ます。

あとはそれに関連した話だと、良い俳優って言うのは、基本的に出した指示をに対して「はい」と受け止める人が多いです。そういう人は、こっちの意見を取り入れて、すぐに実行出来るんですよ。例えばこっちが赤色にして、といったらすぐに赤色になれる。それは自分の中にそういう経験がしっかりあるからこそ、躊躇なくできるんでしょうね。

逆にすぐに言い訳する俳優はイマイチな人が多いです。「いやオレは赤色知らないですし、嫌です」みたいになっている人は伸びないですよね。

ー確かに、そうかもしれませんね
山崎:あとアドバイスでは無いですが、「自分、人見知りなんです」みたいなことを言ってる役者は恥を知るべきだと思います。

アーティストって言うか、物作りをする人って「1人で黙々と行うことが格好良い」みたいなイメージがあるじゃないですか。でも、「人見知り」と言うことが格好良いと思っているなら、今すぐにやめるべきです。

フリーで活動してるならそれは尚更ですね。自分で自分のことを売らなきゃいけないのですから、そんなこと言ってたらお仕事もらえません。人と対面すれば疲れたり大変なことも多いですが、そこから逃げてはダメです。

更に言えば「自分のセールスポイントが何か」というのを1つでいいから自信を持って言える様になって、自分自信が商品なんだという感覚は多くの人がもっと強く持ったほうが良いんじゃないかと感じてますね。僕らの世代の特徴であり問題かもしれませんが、ちょっと自分で仕事を取りに行くんだという姿勢が弱い人が多いんじゃないかなと思います。

劇団運営のコツはダメな奴を入れること

ー話は少し変わりますが、劇団を運営していくコツみたいなのありますか?
山崎:これはありますね。ダメな奴を1人、入れておくことです。

ーダメな人を入れておくですか?それはどういうことですか?
山崎:例えば稽古の帰り道なんかでも「あいつ今日もダメだったな」とか「何度言っても良くならないな」って話にあがる人が劇団にはいると思うんですね。

そういうダメな奴って、いるとそれはそれで大変なんですが、その人が組織の鬱憤のはけ口的な役割も担ってたり、結果的にそういう奴がいることでまとまる部分もあったりします。

そういう奴がいなくなることで、逆に組織にまとまりが無くなったり、新たなはけ口を探し始めたりして、おかしくなったりしちゃう。なので案外「あいつがダメ」とか言えてるのは健全な状態なんですよね。

そういうダメな奴がいたら、攻めたり、追いだそうとしたりするんじゃなくて、その人を一緒にみんなで引っ張って行くというのが大事です。それが出来ると、劇団としてかなり成長出来ます。

まとめ

終始、明るくお話をしてくれた、山崎さん。厳しい意見もたくさん出ました。劇団を運営していくこと、演劇活動を仕事にすること。
山崎さんも常に考え、どうするか悩みながら今のところまで来れたそうです。それを可能にしたのは、山崎さんの中にある「強い意志」なんだと感じました。
「自分がこうだと思ったらこうやる!」そう言った、突き進む力がすごく強いのでしょう。悩める若者の原因はこの力が足りないからじゃないでしょうか。

そして理想と現実を見極めて、現実的に演劇と向き合って、初めて仕事として続けられるのですね。


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